事業報告

アジアの経済成長と北海道の「観光立国」

~世界経済のグローバル化と外国人観光客6000万人時代の北海道の観光~  

 

公益社団法人北海道国際交流・協力総合センター調査研究部

上席研究員 高田喜博

 

*本稿は季刊北方圏177号56頁掲載記事の拡大版(2016年10月17日版)である。

 

はじめに

 「観光立国懇談会」や「観光立国推進法」など、「観光立国」という言葉は目新しいものではない。しかし、最近は「インバウンド」の拡大や「爆買」などと共に、「観光立国」というキーワードを目にする機会が多くなった。昨年はデービット・アトキンソンの『新・観光立国論』(2015年、東洋経済新聞社)、寺島実郎の『新観光立国論』(2015年、NHK出版)が、あいついで出版されている。そこで本稿では「観光立国」に関する国の政策や北海道の施策を概観すると共に、内外の統計、関連する用語、資料などを確認しつつ、世界経済のグローバル化の流れの中で北海道の観光立国について考えてみたい。

 (なお、国内観光客の拡大も重要な課題ではあるが、本稿では主に外国人観光客について考える。また、具体的な現場の取り組みなどについては、季刊北方圏に連載されている永山茂『北海道観光の現場から』などを参照。)

 

 

これまでの日本の「観光立国」

 2001年度、日本人海外旅行者数が年間1千622万人であったのに対し、訪日外国人旅行者数は年間477万人で、旅行収支[1]は3兆6千億円の赤字であった。こうした状況を受けて、小泉純一郎内閣(当時)は、2003年1月に「観光立国懇談会」[2]を開催し、同年4月には外国人旅行者の訪日を促進する「ビジット・ジャパン・キャンペーン(訪日プロモーション事業)」を開始した。また、2006年12月に「観光立国推進基本法」[3]が制定され、2008年に国土交通省の外局として観光庁が設置された。

 当時は2010年までに訪日外国人を年間1千万人にするという当初目標が設定されたが、2007年の世界金融危機とその後の世界的な不況、2011年の東日本大震災と原発事故などに影響されて苦戦した。しかし、2013年には年間1千36万人に達し、その後は大きく拡大を続け、2014年は1千341万人、2015年は1千974万人と2年間で約2倍となった。これにともなって、2014年の旅行収支も55年ぶりに黒字に転じ、2015年度は1千31億円の黒字となった。

 また、UNWTO(国連世界観光機関)[4]による国際観光客到着数(international tourist arrivals)の世界ランキングでも日本は、2013年に27位、2014年に22位、2015年に16位と順位を上げてきた。

 

 

最近の日本の「観光立国」

 現在、安倍晋三内閣は、観光を成長戦略の柱の一つとし、かつ、地方創生の切り札と位置づけている。そして今年(2016年)6月に閣議決定したGDP600兆円に向けた成長戦略「日本再興戦略2016」[5]の中で、訪日外国人の人数と消費額の新しい目標として、2020年に4千万人と8兆円、2030年に6千万人と15兆円という大きな数値を掲げた。

 2020年の数字を推計することは困難なので、少し乱暴ではあるが前出のUNWTOの2015年のランキングに当てはめてみると4千万人は第6位、6千万人は第4位あたりに位置する(ただし、UNWTOは2010~2030年までの間に毎年平均で3.3%増加すると予測しており、実際に順位はもっと低位となるであろう)。

 

 

北海道の「観光立国」

 観光立国推進基本法が制定された2006年に前後して「北海道観光戦略会議」が開催され、官民一体となって北海道の観光について議論した結果、観光庁が設置された2008年に「北海道観光振興機構」[6]が発足するなど、北海道は国の政策と足並みをそろえるように観光に力を注いできた。そして、昨年10月に道が策定した「北海道創生総合戦略」[7]における、輝く「アジアのHOKKAIDO」創造プロジェクトの中に、「観光受入体制の飛躍的拡充」が掲げられ、また、今年3月に閣議決定された8期目となる「北海道総合開発計画」[8]においても、世界に目を向けた産業の振興の中に「世界水準の観光地の形成」が盛り込まれている。また、観光に力を入れている道内各市町村も独自の観光施策を策定しており、日本の観光政策は国、都道府県、市町村と重層的かつ広範囲に構築されているのが特徴である。他方、縦および横の連携が必ずしも十分ではない、それぞれがバラバラに観光に取り組んでいるとの指摘もなされている。

 ところで、道内客、道外客、外国人を含めた数字(観光入込客数)を見ると、北海道の観光入込客数は、1999年に5千149万人を記録するが、その後は減少して2009年には4千682万人まで落ち込んだ。2010年より観光庁が定めた共通基準が導入され、それ以前の数字と単純に比較できないが、新しい基準で推計された2010年の5千127万人に対して、2011年は東日本大震災の影響で4千612万人まで激減した。その後、徐々に回復して2015年には5千477万人となった。内訳を見ると、2011年は道内客4千068万人(構成比88.2%)、道外客487万人(同10.6%)、外国人57万人(同1.2%)なのに対し、2015年は道内客4千693万人(構成比85.7%)、道外客577万人(同10.5%)、外国人208万人(同3.8%)となっている。伸び率で比較すると総数で+1.9%、道内客は+0.5%、道外客は+1.4%、外国人は+35.0%となり、外国人観光客の増加が著しいのが分かる。

 こうした外国人観光客の増大と政府の新しい目標値の設置に応じて、北海道も、来道する外国人観光客数の目標値を2020年に500万人(従来は300万人)に上方修正することを検討中であるとの報道がなされた(北海道新聞2016年8月5日など)。また、道内主要空港の民間委託の議論の中で、空港民営化懇談会は菅義偉官房長官に2030年に来道する外国人観光客を850万人まで増やすことを柱とする要望書を手渡したとの報道もある(北海道新聞2016年10月17日)。

 

 

北海道の外国人観光客

 2015年度「北海道観光入込客数調査報告書」[9]から北海道の外国人観光客(訪日外国人来道者数)を国・地域別に見ると、中国55万4300人(構成比26.6%)、台湾54万7800人(同26.3%)、韓国29万9500人(同14.4%)、香港16万5100人(同7.9%)、タイ15万5200人(同7.5%)、マレーシア76,300人(同3.7%)、シンガポール4万9800人(同2.5%)を中心にアジア全体で184万8000人(同88.8%)となり、アジアが他地域を圧倒する。

 これを『観光白書』[10]の「訪日外国人の内訳2015年」の数字と比較すると、中国499万人(構成比25.3%)、韓国400万人(同20.3%)、台湾368万人(同18.6%)、香港152万人(同7.7%)、タイ80万人(同4%)、シンガポール31万人(1.6%)、マレーシア31万(同1.5%)でアジア全体は1637万人(同82.9%)となり、全国に比べ北海道はよりアジアに依存し、特に台湾、タイ、マレーシア、シンガポールの比率が高いことが分かる。これは、これらの地域にはない景観、雪や流氷などが魅力となっているからだといえよう。

 

 

アジアに依存する北海道観光

 こうしたアジア依存の傾向は、北海道の観光にとって良いのだろうか、悪いのだろうか。仮に、中国の経済成長率が5%程度になったとしても米国をはじめとする先進国の2倍以上の成長率であり、これからは中国を中心とする大中華圏(香港、台湾、シンガポールなど)がアジアの成長センターになると予想されることから、既に北海道の観光がそうした地域に向いている(アジアの人気を得ている)ことは、北海道の優位性に他ならないと考える。また、季節変動(夏と冬の格差)への対応が長年の課題となってきた北海道にとって、雪や流氷を求めて冬にやって来るアジアからの観光客の存在は重要である。

 将来展望としては、約10年後はインドが中国と並ぶ世界経済の「成長の柱」となるだろう。さらに、その先(西)には、ASEANを凌ぐ市場と期待されている西アジア(中東)・北アフリカ地域(MENA)[11]がある。

 北海道の観光戦略を考えると、東アジア、ASEAN、南アジア(インド)、MENAというルートに沿って、それらの地域の経済発展に応じた市場開発が有効なのではないだろうか。以下で詳しく見てみよう。

 

 

世界経済成長予測と北海道の観光

 世界経済成長予測との関係で北海道の観光を考えてみよう。今年10月に発表されたIMF(国際通貨基金)の「世界経済見通し」[12]によれば、2016年の世界の経済成長率は3.1%で、そのうち先進国(36カ国)は1.6%、日本は0.5%と予測されている。これに対して、新興・途上国(153カ国)の経済成長率は全体で4.2%であり、これを支えているのがアジアの6.5%の経済成長である。その中身を見ると、インド7.6%、中国6.6%、ASEAN5カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)4.8%であり、当面は、これらの国々が世界経済の成長を支えることになるだろう。

 また、米国国家情報会議による『2030年世界はこう変わる』[13]によると、中国の経済成長率は今後2020年にむけて年率5%程度に落ち着くのに対して、2025年までにインドが中国と並ぶ世界経済の「成長の柱」となり、2025年の中国とインドの経済力を合わせると、その世界経済への貢献度は米国とユーロ圏を合わせた規模の約2倍にあたるという見通しを示している。

 輸出関連の製造業の集積が少ない北海道としては、「食」と「観光」が地域経済の持続的発展の鍵となるが、こうした予測を前提にすると、そのターゲットは成長するアジアとなるのは当然だといえよう。そして、前述したように当面は東アジア(中国・韓国・台湾)とASEANであり、その後、南アジア(インド)、西アジア・北アフリカ(MENA)というルートに沿って、それらの地域の経済発展に応じた市場拡大を図ると共に、食と観光を関連させる施策が重要となる。

 

 

UNWTOが示す世界観光の動向

 先に紹介したUNWTOが発行する“Tourism Highlights (ツーリズム・ハイライト)2016”に記載された国際観光の経済効果について紹介しておこう。

 観光は、過去60年間にわたり拡大と多様化を続け、世界最大かつ最速の成長を見せる経済部門の一つであり、観光は時折の予期しない事態の発生にも関わらず、実際に途切れることなく成長を続けた。

 世界全体の国際観光客到着総数は、1950年の2,500万人から、1980年には2億7,800万人、2000年には6億7,400万人、2015年には11億8,600万人と増加し、2030年には18億人に達すると予測されている。また、目的地における国際観光収入も1950年の20億米ドルから、1980年には1,040億米ドル、2000年には4,950億米ドル、そして2015年には1兆2,600億米ドルと急増している。

 国際訪問客による支出は、受け入れ国においては輸出となり、訪問者の居住する国にとっては輸入と考えることができ、多くの国にとってインバウンド観光は重要な外貨獲得源であり、雇用および更なる開発機会を創出し経済に重要な貢献をもたらす。こうした観光の経済効果を考えると、観光に関する国際競争は、いっそう激しくなると予想される。

 

日本経済の低迷と観光

 それにしても、日本経済の低迷は著しい。先に説明したIMFの「世界経済見通し」で、1月に発表された数字と比較すると、先進国関連の数字のほとんどが0.2ポイントの下方修正であったのに対して、日本だけは0.5ポイントも下方修正された。低迷する日本としては、アジアの経済成長を取り込みたいと考えるのは当然である。他方、日本の貿易収支は5年連続で赤字であり、その意味でも黒字に転換した観光収支の拡大は重要な政策課題である。それらに今日の積極的な観光政策の背景があるといえよう。

 

 

まとめ

 観光に関する国際競争に打ち勝つための「戦略」と「戦術」に基づいたハード・ソフト両面での条件整備は不可欠であるが、世界経済と世界観光を展望する限り、先に挙げた2020年に訪日外国人観光客を2000万人、来道する外国人観光客を500万人とする目標は十分に達成可能な数字である。しかし、インバウンドは数ではなく中身(観光消費の額と中身)であり、消費を拡大する施策(地元にお金が落ちる仕組みづくり)が重要となる。実際に、本州資本のホテルや家電量販店における旺盛な消費に比較して、地元資本での消費は限られている。一時的なブームに過ぎない「爆買い」に頼ることなく、地産地消や体験観光などを活用して地元での消費を促すことが重要となる。

 観光客数の目標設定はインフラなどの整備のためには必要だが、知床などに多くの観光客やバスが押し寄せてしまっては、自然を保全することは困難である。また、十分な収益を期待できない格安ツアーには限界がある。観光客と観光とは関係がない一般市民との摩擦やトラブルも回避しなければならない。北海道における「観光立国」の実現のためには、消費額の目標値やそれを達成するための統計がより重要であり、また、豊かな北海道を実現するための中長期の展望あるいはグランドデザインも不可欠だといえよう。

 

 以上は、筆者の個人的な意見であり、本稿に関するご質問・ご意見は筆者に直接お寄せ下さい(takada@hiecc.or.jp)。また、拙稿「アジア・ユーラシア地域の発展の中で考える北海道の観光」(札幌メディア研究所「建設の目」)、「北海道経済国際化の課題:観光立国北海道とロシア極東との地域連携」(都市計画290号、2011年4月)59頁、「北海道のボーダーツーリズムの展開」(月刊地理61号、2016年9月)62頁もご参照ください。

 

 

 
【脚注】

[1]旅行収支とは、日本人旅行者の海外での消費を「支出」、訪日外国人の日本での消費を「収入」とし、収入から支出を引いたもの。国際収支の中の貿易・サービス収支の一部。

 

[2] その詳細については首相官邸HP

【http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kanko/index.html】(2016.10.01)参照。

 

[3] 具体的な内容については観光庁HP

【http://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/kihonhou.html】(2016.10.01)参照。

 

[4] UNWTO(国連世界観光機関)とは、持続可能で責任ある観光を促進するための国連の専門機関で、世界157ヶ国、6地域及び480以上の賛助会員(民間、学術、観光協会及び地方観光当局)で構成され、観光部門における重要な国際機関として、経済成長の牽引役としての観光を促進し、世界の先進的知識や観光政策の指導及び支援を行っている。

 

[5]首相官邸HP

【http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/】(2016.8.30)

 

[6] 北海道観光振興機構については

【https://www.visit-hokkaido.jp/company/index】(2016.10.1)を参照。

 

[7] 北海道創世総合戦略については道庁HP

【http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/csr/jinkou/senryaku/senryaku.htm】(2016.10.01)を参照。

 

[8] 北海道総合開発計画については北海道開発局HP

【http://www.hkd.mlit.go.jp/kanribu/keikaku/keikaku-suishin/pdf/280329keikaku.pdf】(2016.10.01)

 

[9] 北海道観光入込客数調査報告書については道庁HP

【http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kkd/toukei/H27_irikomi_honpen_20160912.pdf】(2016.10.10)

からダウンロードできる。

 

[10] 観光白書は観光庁HP

【http://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000283.html】参照。

 

[11] 中東・北アフリカの20カ国で構成されるこの地域は、中東:Middle Eastと北アフリカ:North Africaの頭文字をとってMENA(ミーナ)と呼ばれ、人口の伸び率、経済規模、経済成長率でASEANを凌ぐ市場と言われ、ポストBRICsとしも注目が集まっている。

 

[12] IMFのHP

【http://www.imf.org/ja/News/Articles/2016/10/03/AM2016-NA100416-WEO】参照(日本語版)。

 

[13] 『2030年世界はこう変わる』“GLOBAL TRENDS 2030”は、4年に1度、米国大統領のために作成される世界潮流に関する報告書である。

 


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