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国際相互理解促進事業報告

「足で稼ぐIT企業」 ロシアNo.1のネット地図サービス2GIS社

調査研究部研究員 吉村慎司

 

 インターネットの地図サービスといえば日本では米国発のグーグルマップが代表格だろう。だがロシアには、グーグルでさえもその牙城を崩せない超定番がある。「2GIS」(ツージーアイエス)という、同名のIT企業によるサービスだ。スマホの地図アプリダウンロード数では常に国内首位。ロシアのネット利用者のほとんど全員が知っているといっても過言ではない。

 

 人気の秘訣は、情報の多さと新しさにある。例えば地図上の大型商業施設をクリックすれば、各階のフロア地図と個々の店舗情報が出てくる。オフィスビルなら、入居企業の一覧はもちろん、それぞれの連絡先もわかる。また、訪問先が入居している建物に複数の入口がある場合、どこから入るべきかまで教えてくれる。もし急に何か商品が必要になったときには、アプリに商品名を入力すれば、近くの取扱店、その店が今営業しているかどうかなどが表示される。

 

2GISの画面(PCブラウザ)

 

 

 驚かされるのは、こうした細かな情報が毎月更新されることだ。閉鎖した店なら翌月にはもう表示されなくなる。ロシア人が「ほかの地図サービスは情報が少なくて古いから2GISばかり使っている」と話すのを聞いたのは1度や2度ではない。

 

 これほどの情報収集を可能にするITテクノロジーとは一体どんなものか。2017年12月、シベリア地方・ノボシビルスク市にある2GIS本社でアレクサンドル・シソエフ社長(53)にインタビューする機会を得て、直接聞いてみた。するとあっさり教えてもらえた。まず、ネットで公開されている街情報を分析して地図に取り込むのは当然のこと。それに加えて同社の調査スタッフが絶えず街を歩き、自分の目で現状を確認しているのだという。見た目でわからない企業情報や店舗情報は、本社の専任チームが企業に直接電話をかけて照会する。人の力だったのだ。

 

アレクサンドル・シソエフ社長

 

 本社内でのデータ確認作業の一部を見せてもらった。20代前半に見える男性スタッフが、車載カメラ映像に写る道の様子を見ながら、地図上の信号機の位置、横断歩道の有無などを点検している。同じ階のコールセンターでは、数十人の女性職員がロシア中の企業と会話していた。シソエフ社長は「当社が最も重要視しているのは情報の正確さです。これは言ってみれば宗教みたいなもの」と話す。

 

 2GISは国内に計104の拠点を構え、ロシア全土の主要都市をカバーする。このほか中央アジア諸国や欧州、中東の一部に展開しており、2017年秋時点のサービス対象エリアは計9カ国の338都市におよぶ。全従業員は4000人を超え、平均年齢は26才という。案内された本社オフィスは、若いIT企業らしく壁や机回りに遊び心があふれる飾り付けが見られ、活気に満ちていた。どのフロアも白を基調にした清潔感ある空間が広がり、休憩室や喫茶コーナーも充実している。筆者と一緒に訪問した札幌のIT企業経営者は、「以前視察した米国シリコンバレーの企業にもまったく引けをとらない」と驚いていた。

 

 

自由に飾り付けされた職場

 

本社内のカフェコーナー

 

 

 2GISの立ち上げは1999年にさかのぼる。地元・ノボシビルスク工科大学を卒業したシソエフ氏は90年代、シベリアの電話会社のシステム開発にエンジニアとして携わり、職員向けのデジタル地図をつくっていた。デジタル化した地図はとても便利だったが、見られるのはあくまで職員のみ。広く一般の人にも使ってもらえるデジタル地図を個人でつくろうと考えたシソエフ氏は、ネットが普及していない当時、CD-ROMに地図データを焼いて使用ライセンスを販売した。

 

 珍しさもあって販売先は順調に増え、そのうちあることに気付く。多くのユーザーが、地図上の建物にどんな企業が入っているのか知りたがっていた。ならば地図と電話帳を融合させたサービスをつくれば解決できるのでは、と考えて1998年に試作したのが現サービスの原型だった。ネット地図をベースにした街情報提供サービスと言ってもいいだろう。翌99年1月、2GISのブランド名を付けて仲間とともに事業をスタートした。

 

2GIS本社の総合受付

 

なぜか大阪城の模型が飾られていた

 

 サービスはすべての人に無料開放する。利用者が見る画面に広告を表示することで、企業から広告料収入を得るのが主たるビジネスモデルだ。情報の正確さゆえにサービス利用者は伸び続け、2017年秋時点のユーザー数は3500万人強に達している。同社の分析によれば1人平均で毎月35回2GISで調べ物をしているといい、ヘビーユーザーの多さをうかがわせる。最近ではユーザーの検索履歴などをビッグデータにして業者向けに販売しており、これも急成長している。2GISの2017年の総売上高は、前年比で約15%増えた模様だ。

 

 ここまで成功したなら、普通は首都モスクワに本社を移すものではないのか。なぜシベリアに留まっているのか。そう聞くとシソエフ氏は淡々と答えた。「我々のビジネスには政治や中央官庁とのつながりはいらないんです。人材豊富なこの地を去る理由はありません」。むろんモスクワにも支社があって全国CM展開などはそこを拠点にやっているが、それだけのことだという。地元ノボシビルスク市は国際的知名度こそ高くないものの、人口160万人とロシア第3の都市。市内には「アカデムゴロドク」と呼ばれる国内屈指の学術研究の街があり、理系トップレベルとされるノボシビルスク国立大学を筆頭に教育機関も多く、確かに人材に不自由しない。

 

 2GISのあり方は、日本の地方企業にとっても参考になるのではないだろうか。

 

(了)

 

※2018年1月7日付北海道新聞朝刊経済面「寒風温風」記事をベースに大幅加筆しました。


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